京都から丹波篠山市に繋がる篠山街道の真ん中あたりに3.2kmに亘る宿場町がほぼ往時のまま残っている。
篠山街道は室町時代から要所として活用されてきたためか道幅が広く、敷地の間口は7軒と丹波篠山市内の倍の大きさがあり、伝統的な商家や農家が妻入りで街道に面している。

丹波篠山の伝統的な屋根 軒庇が発達して棟になり、 後ろから妻入りの棟が合体した撞木(しゅもく)造りの屋根
その屋根は、一見入母屋造りに見えるが、切妻屋根の表妻側に大きな軒庇が端から端まで2段設けた形に収まって、間口の大きな家をさらに大きく立派に見せている。
建物は江戸・明治期に建ったものが目立つが、普通に住民が暮らしておりどの家も手入れが行き届いてきれいだ。朽ちた家が見当たらないのがすごい。
なぜ、ここに街並み家並みが残っているのか。商家群の間には農家が連なっている。裏には広大な田畑が広がり、丹波篠山の豊かな恵みがある。生活のなり合いに困ることはなかったのであろう。
撞木造りの応用編。とにかく凝っている。※1
近隣の関西圏から若い人が移住している。古い民家を改造して、しゃれた宿泊施設や地元の野菜を使った料理でレストランを始めている。その一軒に立ち寄った。小さな看板に「manie」と書かれていた。何の店かわからない。裏に回ると入口があり、木製の片引き戸を開けるとシックであたたかな空間が満ちていた。料理に自信があるぞと言わんばかりの木製の大きなキッチンが中央にあり、女性が静かに作業をしていた。高い天井に黒光りの梁が縦横に伸びる。壁は左官仕上げの自然な落ち着きがあり、土間のたたきも土が混ざった左官仕上げだろうか、上手にデザインされたレストランが中に隠れていた。オーナーの間瀬さんはご主人と2年前に移り住み、10年前から始めた農業を本格的に取り組んだそうだ。丹波篠山の名産、黒豆をはじめ、お米や野菜を贅沢に使った料理でお客様をお迎えしている。内装、料理、信念に嘘偽りがない生き方が眩しい。店をでてしばらく歩くと、右沿いに昔々の物語に出てくるような茅葺き屋根の建物に魅せられた。写真を撮っていると中からご主人が現れたので、あわてて挨拶をすると中も見ますかとお誘いいただいた。森田忠さんは近所にお住まいで、朽ちたこの家を買い取り文化財保存関係者やヘリテージと一緒になってこの家を保存改修した。
古い建物を解体し基礎からやり替えたと建築中の写真をよく見せていただくと、柱や梁はほとんど取り替えているようだが、室内の様子を見ると古びた敷居や鴨居、黒光りした柱や梁が年代を語っていた。改修工事に手慣れた人々の仕事力が分かる。調度品もきれいに並べられていた。感心したのはキッチンで、台所の雰囲気をそのままに、本体は木材で作りカウンターにタイルを張り、コンロやシンクは最新のものを使っていた。この民家は宿泊施設として利用されているからだろう。
「昔々の物語」に出てきそうな茅葺屋根
建物だけでなく、福住・川原で生活を体験することで、本当の姿を理解してほしいと願っているようだ。この10年で15世帯の若者が移住したと笑顔で話し始めた。先ほど紹介した間瀬さんからは忠さんを「ちゅうさん」と呼ばれ慕われている。ここにお住まいの方は皆さんやさしくて外から来る若い人を自然に受け入れてますね。とお尋ねすると、宿場町だから「来る人を大切にする。」と語った。この町と人は伝統文化を守るだけでなく、今も作り続けていると思った。歴史を身につけた人の言葉に感心した。ここに泊まって静かな暗闇の中に時代の足音を聞きたくなった。
文明の利器を取り込んだ木製キッチン
レストランのアイランドキッチン 手前右の柱は金輪継ぎ(かなわつぎ)で修復
※1 上空から見ると棟の形がT字型になっており、この形が鐘を叩く撞木(しゅもく)に似ていることから撞木造りという。
長野県の善光本堂に見られる建築様式
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